日本史の授業が終わり、女子達が我こそはと直江に話しかける。その様子を遠くから傍観する男子は諦めのような羨望のような、なんとも微妙な顔だ。 「先生なんか元気ないですよー!」 「ほんとだ〜!肩マッサージしてあげる?」 「あっ先生ーこの資料、あたし持ってくの手伝いますよ」 「いやウチが持ってくし」 「じゃあ私が!」 何だかダチョウ倶楽部みたいになった様子をぼーっと眺める。 クラスの男子なんて目にも映らないというように担任に猛アタックする女子達は、いっそ清々しい。 「はいはい。次は体育でしょう、早く着替えてきなさい」 「えー持ってくのにー」 直江が笑顔で断り、だが断られた女子も笑顔だ。 じゃれてくる女子を邪険に扱わずに上手くあしらうのは経験のなせる技なんだろうか。 しぶしぶ離れた女子達は更衣室へ向かい、直江も教室を出ると残った男子が着替えを始める。 のろのろシャツを脱いでいると、前で着替えていた譲が振り向いた。 「ね、夏休みどうする?何して遊ぶ?」 「お前気早くね」 夏休みにはあと一ヶ月あるぞ。 「海行こうぜ。やっぱ夏はナンパだろナンパ」 「千秋一人で行ってらっしゃい」 「なっ!仰木は行くよな?おめぇは笑って突っ立ってりゃいいから」 「ちょっと高耶を餌にするのやめろよ。それよりさー、」 計画を立てる二人の声を聞きながら半袖に腕を通す。 どうすっかな、夏休み。譲達と遊んで、あとバイトでもしようかな。そんで…。頭に浮かんでしまった顔を、頭を振って消し去る。 うん。バイトしよ。 体操着に着替えぞろぞろと階段を降りていると、後ろから更衣室から出てきた女子の声が聞こえた。 「なんかさー、直江先生優しくなったよね」 出た名前に自然と耳を澄まし、会話を拾う。 「あっ分かる。前より喋ってくれるようになったし」 「近寄り難い雰囲気あったけど、最近はそうでもないよね。やっぱ好きだなーあたし」 「てか超かっこいいー。他のクラスの子ごめんねって感じ」 あいつが優しいのは分かる。 かっこいいのも。 「でもやっぱ彼女かなぁ…」 「あの幸せオーラは絶対いるよね」 追い越され際放たれた言葉に、思わず顔を反対側に逸らした。千秋と無意味に見つめ合う。 「あ?」 不思議そうに千秋が片眉を上げる。 「どした?」 い、いや違う。俺は断じて彼女とかではない。 「なんでもねえ」 千秋から目を逸らしつつ自分の思考のキモさにげんなりする。 直江のことは考えないようにしていた。 考えると無性に逃げたくなるっていうか、胸が苦しくなる。 それもこれも、あいつが最近変なことしてくるからだ。 あの変態教師。 女子の無邪気な声が遠くなる。 素直に好きだと言える、俺にはない正直さが眩しいと思った。 next |